遠望不明瞭 ― 2005年07月29日 23:42
Windows VistaにJIS X 0213:2004対応の新日本語フォント「メイリオ」 (Internet Watch)という記事が出ています。
〔Microsoft製品に〕これまで搭載されてきた日本語フォントの字体は、基本的に1990年改正のJIS規格による例示字体と同じもので、一般の書籍類で用いられている字体との間に不整合が生じていた。こうした問題を解消するために、JIS2004では「鴎」や「葛」などの字体を変更している。
ひとつめの文は正しい。しかし、ふたつめの文は誤りです。まず「鴎」の字体はJIS2004でも相変わらず「鴎」で、変わりありません。「區鳥」の字体は別の符号位置に追加されたものです。字体の変更ではありません。また、「葛」の例示字形は変更されましたが、変更前の字体でも規格に適合します。つまり、どちらの字体で表示しても良いのです。これもやはり、規格による「字体の変更」ではありません。
フォントを「表外漢字字体表」に則って実装することは、従来の規格でもできました(ただしJIS X 0208では表外漢字字体表の全ての字を表すことはできません)。また、表外漢字字体表に則ったからといって、JIS2004に対応というわけではありません。表外漢字字体表に則らなくてもJIS2004に適合することはできるからです。つまり、表外漢字字体表に則ることとJIS2004の規定に適合することとは独立した事柄なのです。
文字コード規格の例示字形はあくまで「例示」でしかありません。しかし上のInternet Watchの記事に見られるように、そのことはよく理解されていないようです。
ではなぜ理解されていないのでしょうか? ひとつにはフォントの実装者や(上記記事のような)ジャーナリズムの怠慢もあるでしょう。しかし、ことJIS2004に限っては、規格改正のあり方が誤解を助長したことも否めないのではないかと思えます。
JIS2004では、表外漢字字体表にあわせて例示字形の変更が行われました。この変更は、規格の技術的内容を変えるものではありません。つまり、実装はこの変更に追従しなくとも新しい版の規格に適合するのです。
ではなぜわざわざそのような変更をしたかというと、「誤解に基づく実装の変更」を誘ったものと思われます。規格本文を良く読めば、規格票通りの字形でなくても規格に適合することはわかります。しかし、多くの実装者は例示字形をnormativeなものとみなして(即ち、誤解して)例示字形に近い形に実装するだろう──。そういう意図が働いていたのだと思います。JIS2004改正時に字体の変更を(規格への適合性に影響しないにも関わらず)宣伝していたのもそのような影響を期待してのことなのでしょう。
このような規格改正は、規格の利用者に規格の読解力がないものと想定している点で悪質なものといえるでしょう。そもそも、JIS2004改正の始まりからして、表外漢字字体表どおりのフォント実装を文字コード規格の改正で実現しようという、誤った方針で主導されたものでした。
本来、フォントをどう実装するかということは、文字コード規格だけで決められるものではありません。表外漢字字体表に則った字体を採用させたいなら、そのためのフォント設計の指針をJISなり何なりにすべきでした。そういう見識がJIS関係者に無かったとしたら、誤った認識の持ち主が規格を改正し、規格を読まない実装者とジャーナリストが誤解を拡大再生産し、その一方でJIS97以来の遺産である精緻な規格本文が空文化していくという反知性の共犯を止める術はないのでしょうか。
奇しくも、新しいフォント「Meiryo」が搭載されるのは「Windows Vista」です。このフォント発表の報道を読むと、文字コードの世界の遠望(vista)は不明瞭(不-meiryo)との思いを抱かざるを得ません。
コメント
_ yasi ― 2005年08月03日 15:24
_ yasi ― 2005年08月04日 20:52
少なくとも文面では、そうでなければいけない掟とも言えるかと思います。目的も役割も違うのですから。
同時に、経済産業省、文部科学省、法務省のそれぞれの所管事項と権限にも関わることで、独立です。
そして、役所の立場では、自分の担当でもないことで責任はとりたくないのです。
ではこの3者がパラパラの没交渉なのかというと、今回の前提になる「人名用漢字」の件に関する限りは、3省の連携で進められたと、当事者であった安岡孝一氏が言っています。そして、
> これらの連携がひとまとめになったのが、12月20日にやっと発表された「人名用漢字の文字符号に関する規格検討会報告」なわけです。でもね、「交渉」が密であればいい、ってもんでもないんですよ。
とのことです。確かにこの「報告」は、文部科学省からいただいた字体を使った法務省の命令である人名用漢字についての経済産業省からの明確な報告と要望でした。これでフォントの実装では、字種でJIS2004に対応し、字体で表外漢字字体表に対応することは必須だと宣言されました。Microsoft も日本国という大口顧客からの条件なら従いますよね。そういう立場がプレスリリースにもよく現れているし、うまく書けていると思います。
_ 安岡孝一 ― 2005年08月18日 15:27
_ ttk ― 2005年09月19日 01:09
そう、まさにその通りなのですが、常用漢字表(1981年)では、表外字の字体整理は「当面、特定の方向を示さず、各分野における慎重な検討を待つことにした」わけで、JIS84の“字体整理”とその後の混乱、表外字における簡易慣用体の普及率の悪さ、情報機器における表外字利用の拡大、JISと出版物との字体の乖離…という事態を踏まえて、やっと出来たのが表外漢字字体表(2000年)だったわけで。まあ、気づくのが遅すぎなんですけどね。
それから、「例示字形と実装される字形とは別でもいいのです」という話は規格の側からは正論でも、異体字選択のためには別のコードポイントを使うしか手がない機器しか利用したことのないフツーのユーザーからすれば詭弁に聞こえる訳で。これから字形の揺れを表現できる実装が増えてくれば、ユーザーからの声も変わってくるのではないのでしょうか。
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_ 日本語練習中 - 2005年08月04日 11:15
_ 別冊ネットアイドル - 2005年08月24日 22:13
_ 別冊ネットアイドル - 2005年08月24日 22:14
_ 拾い物エロ ( ´∀`)・ω・) ゚Д゚)・∀・) - 2005年12月24日 20:18
_ おすすめNDSソフト♪ - 2007年04月12日 04:32
脳トレで鍛えるのもよし、マリオで懐かしむもよし!
カバーを買ってくっつけてみるのも乙ですね。
今回の件についての Microsoft のプレスリリースから
「追加された漢字に関しては、字種についてはJIS2004の漢字から選定され、字体については原則的に印刷標準字体が採用されました。言い換えれば、JIS2004に対応するフォントを搭載したパソコンの間では新人名用漢字のすべての漢字が支障なく情報交換できます。」
つまり、字種でJIS2004に対応、字体で表外漢字字体表に対応、そうすれば新人名用漢字対応になるという、3つの独立しているけれども絡み合った関係にあります。人名用漢字は字種も字体も決まっていますが、JIS2004の字種のごく一部にすぎないのです。こういう事情から、正確な理解を広めるのがなかなか難しいのだと思います。